【読書】:凍った地球 – スノーボールアースと生命進化の物語
作者は僕も一応顔見知りの方である。
作者の方はもともと地球物理関係の学部を出た計算機屋さんで、地質学関係の教室で研究をして、この著作は気候学に近い分野で、とまあこの作品は地学分野を非常に横断的に扱っているので、この本は素人にはちょっと難しいかもしれない。決して、難しい計算式が出てくるとかそういうことではないのだけど、地球物理的知識を要求したり、惑星科学的知識を要求したり、古生物学的知識を要求したり、となっているので、高校で地学をある程度きちんと履修した人や、大学の一般教養でこの話題にちょっと関心を持った人、なんかが読者のターゲットにあたるんじゃないかなあと思う。
この本の中身は、表題の通り地球が凍った、と言うお話である。つまり、地球全体がでっかい雪だるまになっちゃった! と言うもので、ちょうど西暦2000年頃(今から15年ほど前)に新しいアイデアとして学会などで扱われるようになった新説。
過去の地球の歴史を解いていくと、過去の地球の一時期に地球全体が凍結して、今は北極や南極、高山などにわずかしかない氷河が、なんと赤道まで覆っていた、と言うことがわかってきた。なお、『それって氷河時代じゃないの?』と思うかもしれないが、氷河時代は確かに氷河が広く発達するような時代ではあるけど、例えば日本あたりの緯度では完全には凍結しない程度の温度状況なので、氷河時代を大幅に拡張した概念である。
調査の結果、過去の地球には数百~数千万年ほども継続する全球凍結(スノーボールアース)状態が、数回、のべ1億年分ぐらい(地球自体の歴史は46億年なので、地球の歴史期間のうち2%ぐらいの時間で)起こってきたということがわかってきた。
この本の要点は2+1点かなあと思われるので、それぞれの要点について概略を。
要点の一つ目は、『どうやって地球は全球凍結状態に陥るのか、そしてまた地球はどうやって全球凍結状態を脱するのか』である。この疑問(と合わせて『そもそも本当に地球は全球凍結などしたのか』と言う疑問)を解くのは非常に難解である。
なにしろ、まず「地球が全球凍結した証拠」を探すことからして難しい。この本では地球凍結イベントが地球の歴史を通じて3回ほど起こったと考えているが、一番新しい「マリノアン氷河時代」ですらも、今から約6億年も前のお話なのだ。なお、日本で一番古い岩石は美濃地方にあるおよそ5億年前のものと言われているから、少なくとも日本ではどこを探しても全球凍結の証拠は見つからないわけだ。日本では見つからないけど、世界的に見ると大陸、それも大陸中心に近い領域に行けば古い岩石が残されているケースが多く、著者はそれこそ地球中を飛び回って証拠探しをしているのだと思われる。
そして、「全球凍結を起こす/脱出する原因」だが、これはなんと昨今の地球環境問題でも話題の「二酸化炭素」である。もっと言ってしまえば二酸化炭素の温室効果によって、地球表面でのエネルギー収支がどういう変化を起こすか、と言うことになる。この辺の議論はなかなか難しくて、そもそも地球に届くエネルギー源である太陽に関して、古い太陽は今よりも暗かった話だとか、地球を太陽が照らしても光が反射して逃げてしまう(アルベド)話だとかも組み合わせて慎重に議論しなければいけない。また、今の地球環境問題では二酸化炭素を増やしているのは人間の活動だけど、過去の(人間などいない)地球で、果たして誰が大気中の二酸化炭素を増やしたり減らしたりしたのか? などなど問題が山積である。これらの疑問を解決するには、ぜひ本書を熟読してほしい。
要点の二つ目は、『全球凍結イベントと生命の進化の歴史』である。唐突に生命なんて出てきて? と思われるかもしれないけど、この本を読めば分かるのではないかと思うけど、地球で生命が進化するにあたって、スノーボールアースが果たした役割は非常に大きそうだということがわかっている。例えば原生代のヒューロニアン氷河時代(約22億年前)ごろに、地球では大気中の酸素が劇的に増えて『呼吸する生物』が出現しただろうことがわかっているし、原生代エディアカラ紀の直前に起こったマリノアン氷河時代(約6億5000万年前)の直後にはエディアカラ生物群の大爆発と言う生命進化の一大イベントが起こった。おそらくこういった生命の進化に、全球凍結イベントは切っても切り離せないものではなかろうか、と言う話が散見される。
また、逆のことも言える。つまり全球凍結で地球の水がすべて凍ってしまえば、生命と言うのは絶滅してしまうのではないか、と言う話である。しかし、現在の研究では少なくとも30数億年生命は途切れることなく進化してきたことがわかっており、全球凍結中に生命が生き残る手段としてソフト・スノーボールアースと言う概念が導入されて議論されている。これら生命の進化と切っても切り離せない全球凍結についてもぜひ本書を読んで知識を身につけてほしい。
要点の+1は、本書では最終章に控えめに取り上げられているのだが『地球以外での生命の存在に関わる議論にこの著作が与える影響』である。今、まさにこの記事を書いている今日、たまたまNHKのクローズアップ現代で『土星の衛星、エンケラドスで地球外生命が見つかるかもしれない』と言うトピックが扱われた。が、このエンケラドスは星の表面が氷で覆われている『全球凍結状態』なのだ。と言うことは、地球での全球凍結イベントを詳しく調べることは翻って、宇宙にあまたあるといわれる氷惑星(または氷衛星)での生物の存在の可能性の議論に大きな影響を与えることになるのだ。
これだけ地学分野に大きくまたがって夢を与える話は、なかなかないことなので興味を持った方は是非読んでみてほしい。途中、見知らぬ言葉が出てきても今はネットで検索! で補足知識を加えることもたやすいので、ぜひ最後まで熟読してみることをオススメする。